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| ここは、サイト運営者木村雄作の、エッセイコーナーです。 毎月1日に差し替えます。暇な方は、読んでみて下さい。 |
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| “不倫”の正当性 |
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| 車を運転しながら、ラジオの人生相談を聞いていた。 子供が一人居る28才の主婦からの相談であったが、性の不一致から夫婦仲が上手くいかなくなり、口さえきかない状態が続いていて、悩んでいるとの事であった。 この主婦が、夫のセックスの要求を拒否したのがきっかけと言うことである。 その理由は、夫とのセックスはつまらなく、その気がしないとの事であった。つまり、夫が短小・早漏で全く満足する事が出来なく、結婚以来セックスで充足感を味わった事が無く、つい、その事がうっとうしくなってしまっているとの事である。 悲劇は、真面目一方で青年時代を送って来た夫は、その事に全く気づかず、それが当たり前の状態だと思っていた事である。 夫に拒否の理由をしつこく追求されて、ついその事を言ってしまった事から、ずっと、気まずい毎日が続いているのだと言う。 当日の担当者の、いわゆる有知識人は、よく話し合ってその事を夫に理解してもらって、別のテクニックを使ってもらったり、趣味を見つけたらとの事であった。 このような悲劇は、女性側、男性側を問わず、深刻な問題として直面している夫婦は多いはずである。 この主婦の場合、満たされない心は、子育てや、また夫婦間の愛情にも色濃く反映し、陰を落として行くものと思う。 では、いったいこの問題はどうしたらいいのだろうか? 前出回答者の答えで解決されるのであろうか? 私は、そうは思わないのだ。 一般的な人生相談の解答のように、スポーツで、あるいは習い事などで解決される事とは、根本的に違う問題だと思うのである。 性社会が閉鎖されていた江戸・明治の時代であればいざしらず、情報の氾濫した現代、“性”は単に子孫を残す手段のみではなく、正に人間の本能として、又生きる喜びとして欲求されているのである。 人間の一生の中で、この大事な性の楽しみを閉ざされて送るとすれば、それは正に悲劇であって、決して強要すべき事では無いと思うのである。 今不倫は、不道徳行為として、一般的には非難の対象である。 不倫妻イコール人間失格者といった、烙印が押される。 果たして、そうだろうか? 私は、前出の夫婦を救う事が出来るとすれば、それは、密かな妻の不倫が最も良い方法ではないかと、不道徳にも思ってしまうのである。 人の言論には、本音と建前とがある。 しかし、聖人君子の建前論だけでは救う事が出来ない事は、この世の中にはいくらでも有る。 性の不一致もまた、建前論では救う事は出来ないと思うのである。 この夫婦の場合、妻の理性ある“不倫”、つまり夫に極秘に、そして冷静な不倫こそが救ってくれたのではなかろうか? 夫にかくれた密かな性の喜びは、家庭内での妻の態度を明るくし、「夫にすまない」と思う詫びる気持ちは、夫との不充分なセックスにも心から応じる事が出来たのでは無いだろうか。 この主婦が、もっと早くその事に気が付けば、夫の心を傷つける事もなく、自分も暗い 毎日を送る事もなく、円満に生活出来たのではなかろうか?なんて、思うのである。 しかし、不倫の相手は厳選し、慎重の上にも慎重に、かつ冷静でなくてはならない事は、言う迄もない。 世の中に、“正当なる不倫”は存在すると思うのだが、みなさんはいかがお考えでしょうか? 世の中には、相手の人格や識見を尊敬し、愛情が有りながらも、性の不一致によって離婚に至り、子供達までもがその影響を受ける悲劇は多い。 これからの時代の夫婦は、お互いにこの事を理解する寛容な心と、規制概念を超越した大きな愛情が必要なのではないかと思うのであるが、みなさんは、やはり暴論だと思いますか? |
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| 【掲載済み】・思いちがい 夫婦の愛 誰のための人生か 遊びの心 老い |