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| ここは、サイト運営者木村雄作の、エッセイコーナーです。 毎月1日に差し替えます。暇な方は、読んでみて下さい。 |
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| 誰のための人生か | ||
| 今、右を向いても、左を見ても、不景気の風が吹き荒れている。 老後を託すべき年金も、その安全性が危惧されている。 しかし一方で、1400兆とも言われる個人資産のほとんどは、50才以上の中高年者によるものだと言う。 老後が不安で、貯めている資産は良い。しかし、代々引き継いだ莫大な資産、汗水流して築いた巨額の資産を、その使い方を知らずに、残して“旅立つ”人は多い。 かって私が会社員であった時、その会社に出入りしていた一人の保険外交員がいた。 その中年も後半であろうと思われる外務員は、よれよれの服装で、仕事熱心であった。 ところが、後で聞いた事によるとその中年男性は、3キロメートルも離れた自宅から都内23区内の駅まで、自分の土地を歩いてたどり着けると言う、とんでもない大資産家だと言う。 しかし驚いたののは、別の事だった。 なんとその人は、いまだ独身なのだと言う。 うわさによると、縁談の相手の全ての女性が自分の財産目当てではないかと思えて、結婚する事が出来ないのだと言う。 巨万の富を持ちながら、ひたすら働き、ぜいたくもせず、全く遊びもしないと言う事だ。やがて年を取って、その人が人生を終えた時、その巨万の富はいったい誰のものになるのかなぁなどと、よけいな事ながら気になったものである。 また、こんな人を知っている。 一生懸命に働いて、一代で自分の店を持った。時間の流れは、静かな通りであったその場所を、目を見張る商店街へと変えた。 子供達も成人し、長男を残してそれぞれ独立したり、嫁に行ったりして、片づいた。 妻は数年前に病死して独り身であったこの店主は、ある日突然の心臓病で亡くなった。 そして、爪に火を灯すようにして築いた土地と店舗が残った。 残った子供達が涙を流したのはわずか数日の事で、残った財産の事で、兄弟の争いが始まった。 長男が居住していて売却しなければ配分出来ないこの資産をめぐって、ついに兄弟間で裁判が始まった事を聞いた。その後は、どのように決着が付いたかは、知らない。 世の中には、この様なケースは、至る所に有る。 遊ぶことを知らない、働く事しか知らない人達が、経済大国日本を築きあげたのかも知れない。 でも、それでいいので有ろうか。 老後の蓄えがない人は別として、十分な資産がある人までが、人生を楽しむ事を知らないで一生を終えると言う事は、考えさせられる問題だ。 人生は一度きり、そして短い。 働くだけの人生では、あまりにも惜しいように思うのである。 命を削った資産を子供に残しても、本当にその尊さを理解し、心からの感謝を期待する事は、道徳教育の欠如した現代の若者達には無理だ。 墓前に、線香の香りと花が手向けられるのは数年の事で、忘れられた墓石が苔むすのに、そう長い年月は必要とはしないだろう。 よしんば、ずっと墓参を続けてくれたとしても、心血を注いだ資産に対してたまの線香の香りでは、割に合うまい。 人は、せっかくこの世に生を得る機会を与えられたのだから、もっと自分自身の人生を大事にしたらいいと思う。 一生懸命に働いた財産は、自分自身のために使えばいい。 狭いながらも、日本も広い。そして、世界はもっと広い。 生まれ来た地球という星をもっと知ることは、楽しかろう。 遊びの世界も、無限だ。 お金さえ有れば、人生は楽しい。 自分の人生が子供のためではなく、自分自身のものだと考えることは、決して不道徳だとは思わない。 保護し、十分な教育を与えて世に送り出した子供には、自分のための人生を切り開いて行くチャンスはいくらでも有るのだから。 老いさらばえて動けなくなってから、この事に気付いても、最早遅いのだ。 誰のための人生かを考えるのは、無駄ではない。 |
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| 【掲載済み】・思いちがい 夫婦の愛 |